瓔珞(えいらく)56話 乳母の文
目次
あらすじ
瓔珞(えいらく)は袁春望(えんしゅんぼう)が嫻皇后(かんこうごう)の間者であることを見破りました。
「魏瓔珞(ぎえいらく)。先に裏切ったのはお前のほうだ。私は悪くない。円明園でずっと一緒にいよう。その誓いはとても大切だった。だから俺は復讐することにした。絶対に赦さぬ。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「いつから皇后様の配下になったの?」
瓔珞(えいらく)は尋ねました。
「紫禁城に戻ると決めた日に、嫻皇后(かんこうごう)様にお会いしました。」
袁春望(えんしゅんぼう)は皇后に恭しく頭を下げました。
「本当の兄さんと思っていた人に手を噛まれたのね。あなたらしいわ。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「あんたも俺もお互い様だ。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「皇后様。彼にどんな餌を与えたのですか?」
瓔珞(えいらく)は尋ねました。
「総管としての能力を買ったまでよ。今日から呉書来(ごしょらい)の代わりに来てもらっているわ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「呉総管(ごそうかん)は三十年仕えたゆえに今の地位になったのです。袁春望(えんしゅんぼう)は明らかに資格がありません。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「広儲司(こうちょし)と円明園での働きぶりは目を見張るほどだったわ。令妃(れいひ)も覚えているでしょ?呉書来(ごしょらい)が避妊薬の秘密をばらしたのよ。陛下は呉書来(ごしょらい)を見るたびに不愉快になるわ。ゆえに代わりの者に私の補佐をしてもらう。袁春望(えんしゅんぼう)には力になってもらうわ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「結局皇后様のために私は敵を排除したわけですね。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「疲れたでしょう。下がって休みなさい。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「皇后様の目的が何であれ私は本懐を遂げました。後悔していません。これからは皇后様のご健勝をお祈りいたします。皇后様。近々紫禁城に嫡子がご誕生することでしょう。」
瓔珞(えいらく)は土下座して帰りました。
「魏瓔珞(ぎえいらく)。あなたほど気丈な敗者は見たことがないわ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「あなた様こそ最高に忍耐強い狩人ですね。」
瓔珞(えいらく)は部屋から出て行きました。
「後悔した?」
皇后は袁春望(えんしゅんぼう)に尋ねました。
「私、袁春望(えんしゅんぼう)は嫻皇后(かんこうごう)様に命を懸けてお仕えいてします!約束を破れば天罰が下るでしょう!」
袁春望(えんしゅんぼう)は皇后に土下座しました。
夜の承乾宮。
乾隆帝がやって来ました。
侍女は皇后様が第四皇子のもとへ行っていると報告しました。
「朕は皇后の刺繍を見るのは久しぶりだ。」
乾隆帝は絹の刺繍を手にしました。
「皇后様はいつも陛下に渡しそびれておられます。」
侍女は説明しました。
乾隆帝は机にあった本を手に取りました。
本の中に詩が挟んでありました。
「重い宮門 花盛りも鎮まり 宮に宮女が立ち並ぶ。 宮女と話がしたくても鸚鵡(オウム)の前では口を開けぬ。」
乾隆帝は鸚鵡を見つけました。
鸚鵡は「ファンシャ」という言葉を繰り返していました。
嫻皇后(かんこうごう)が戻って来ました。
乾隆帝は第四皇子の体調について尋ねました。
嫻皇后(かんこうごう)は皇子は発熱しているものの大事ないと答えました。
「そなたがいれば安心だ。この鸚鵡は何を言おうとしているのだ?」
乾隆帝は尋ねました。
「陛下。ご機嫌麗しゅう。」
鸚鵡(オウム)は答えました。
「皇后。そなたを朕は誤解していた。いつも理性的で責任感が強いと思っていた。だが本当は情に厚いおなごだと思う。後宮の中でそなたが最も献身的だとは。」
乾隆帝は嫻皇后(かんこうごう)の手を握りました。
「陛下。私は最も美しく賢いおなごではありませぬ。ですが陛下のために皇后として後宮を守ります。私に恩愛などをお望みでないのなら私は求めたりしません。陛下が私の気持ちをわかっていただけるのであれば私は賢明な皇后になります。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
乾隆帝は嫻皇后(かんこうごう)を抱き締めました。
「淑慎(しゅくしん)。礼を言う。ありがとう。」
日中の通路。
舒嬪(じょひん)納蘭(ナーラン)氏は輿に乗らず慶貴人陸氏と一緒に歩いていました。
舒嬪(じょひん)は明玉(めいぎょく)に声を掛けました。
明玉(めいぎょく)は二人の妃に挨拶しました。
「それは何なの?」
慶貴人は尋ねました。
「内務府から帳(とばり)を貰ってきました。」
明玉(めいぎょく)は言いました。
「ふふっ。どの宮も絹の帳を使っているのに延禧宮(えんききゅう)では葛布(くずふ)を使っているの?」
舒嬪(じょひん)は笑いました。
「絹が足りぬゆえ代用しています。主が待っているので失礼します。」
明玉(めいぎょく)は去ろうとしました。
舒嬪(じょひん)の侍女が明玉(めいぎょく)に足を掛けました。
「何をするの!?」
明玉(めいぎょく)は倒れました。
「舒嬪(じょひん)様。やめましょう。赦してあげては?」
慶貴人は舒嬪(じょひん)に言いました。
「あなたはお黙り。」
舒嬪(じょひん)は明玉(めいぎょく)の顎に手をやりました。
「主に伝えなさい。これまでの恥辱は絶対に忘れないと。恨みは必ず晴らすわ。首を洗って待つことね。」
舒嬪(じょひん)は明玉(めいぎょく)の頬に傷を付けました。
「明玉(めいぎょく)!」
海蘭察(ハイランチャ)が現れました。
「これは索倫(ソロン)侍衛(しえい)。陛下に重用され前途洋々なのですからこのような者とは関わらないほうがいいわよ。誰もが延禧宮(えんききゅう)から離れているわ。」
舒嬪(じょひん)は言いました。
慶貴人は海蘭察(ハイランチャ)は陛下の側近なので敵対しないほうがいいと舒嬪(じょひん)に助言しました。
舒嬪(じょひん)は先に行きました。
「明玉(めいぎょく)さん。納蘭(ナーラン)さんは陛下の寵愛を受け令妃(れいひ)様とは確執もあるわ。令妃(れいひ)様はご自重なさるのが賢明よ。」
慶貴人はそう言って去りました。
海蘭察(ハイランチャ)は明玉(めいぎょく)を別の場所に連れて行き軟膏を塗りました。
明玉(めいぎょく)は傷を瓔珞(えいらく)に見られたくないと言いました。
海蘭察(ハイランチャ)は延禧宮(えんききゅう)のことを心配しました。
明玉(めいぎょく)は瓔珞(えいらく)が自分に刺繍を教え、珍珠(ちんじゅ)と小全子(しょうぜんし)に文字を教えているし静かでいいと答えました。
海蘭察(ハイランチャ)は延禧宮(えんききゅう)を侮蔑する内務府に怒りを覚えました。
明玉(めいぎょく)は令妃(れいひ)に皇帝の寵愛が戻る気配がないので舐められていると打ち明けました。
延禧宮(えんききゅう)。
瓔珞(えいらく)は小全子(しょうぜんし)と珍珠(ちんじゅ)に字を教えていました。
明玉(めいぎょく)が食事を持って戻って来ました。
「明玉(めいぎょく)。その傷はどうしたの?」
珍珠(ちんじゅ)は尋ねました。
「厨房が使えないので御前茶房から料理を持って来たわ。みんなも食べて。料理は身分に応じて配られるけどあなたの苦手な物ばかりだから別の物も選んできたわ。旬の蓮と長命菜よ。粟の菓子もおいしいから食べて。」
明玉(めいぎょく)は言いました。
瓔珞(えいらく)は明玉(めいぎょく)の傷を見ました。
「あなたも一緒に食べる?」
瓔珞(えいらく)は冷めた口調で言いました。
「いくら誰もいないからといっても掟は守らないと。みんなと食べるわ。」
明玉(めいぎょく)は部屋を出ました。
庭。
「気づかれなかったようね。」
明玉(めいぎょく)は池に自分の顔を映し出しました。
部屋。
小全子(しょうぜんし)は瓔珞(えいらく)に明玉(めいぎょく)が舒嬪(じょひん)に虐げられたが索倫(ソロン)侍衛(しえい)のおかげで難を逃れたと報告しました。
瓔珞(えいらく)は食事を食べながら報告を聞いていました。
養心殿。
「和議を申し入れましたが傅恒(ふこう)殿によると霍蘭部(フォランぶ)の領袖が都入りせぬ限り和議を受け入れぬと申しています。」
海蘭察(ハイランチャ)は戦争の状況を報告しました。
「敵の時間稼ぎだろう。傅恒(ふこう)と兆恵(ジョーホイ)に任せろ。」
乾隆帝は言いました。
「はい。陛下。今日私は延禧宮(えんききゅう)の者が辱めを受けているところを目撃しました。」
海蘭察(ハイランチャ)は言いました。
「海蘭察(ハイランチャ)。お前は殺されたいのか?海蘭察(ハイランチャ)は後宮に干渉したゆえ減俸一年とする。御前侍衛(しえい)にとどめておくが、再び延禧宮(えんききゅう)の名を口に出せば命はないと思え。」
乾隆帝は怒りました。
李玉(りぎょく)は海蘭察(ハイランチャ)を諭しました。
乾隆帝は本を投げて怒りました。
呉書来(ごしょらい)の部屋。
「牛馬となり働いて三十年。ついに内務府総管となった。李玉(りぎょく)の奴も我慢してきたというのに、今はどうだ。青二才の宦官でさえも私をコケにする!もうやってられるか!納得いかぬ~。どうせ私は独り身だ。失うものなどないのになにを恐れる。」
呉書来は酔いつぶれていました。
「師匠。飲みすぎですよ。お控えなさってください。師匠。寿康宮(じゅこうきゅう)に行って皇太后様に取り入ってはどうですか?」
若い太監は呉書来(ごしょらい)を気遣いました。
「皇太后?皇太后様が助けて下さる。私には奥の手があるのだ。皇太后様を動かす手がな。あははは。ん?袁春望(えんしゅんぼう)よ。見ておれ。いずれ奴の皮をはいで膝当てにしてやる。ははははは。お前にも褒美をやるからな。ははははは。」
呉書来は酒を飲んで机に伏しました。
呉書来(ごしょらい)の部屋。
「誰だ。私を縛ったのは?」
呉書来は目隠しをされて椅子に縛られていました。
「縛ったのは私だ。呉総管(ごそうかん)。」
袁春望(えんしゅんぼう)は小刀の先で目隠しをまくり上げました。
「春望!縄をはずしてくれ。春望!護身符をやるから助けてくれ!」
呉書来は必死で叫びました。
「護身符など興味はない。」
袁春望(えんしゅんぼう)は小刀を呉書来の喉に当てました。
「温淑夫人(おんしゅくふじん)の遺書がある!」
「温淑夫人(おんしゅくふじん)?」
「陛下の乳母だ!」
「嘘つけ!」
「本当だ!お前に秘密を教えるから命だけは助けてくれーーー!死にたくない!」
呉書来は泣きました。
寿康宮(じゅこうきゅう)。
「私が写経しました観世音菩薩普門品一巻です。皇太后様のご長寿を祈ります。私めは華厳経をお読みになっていると伺いましたが、よければ私が写経します。」
舒嬪(じょひん)納蘭(ナーラン)氏は皇太后に品を献上しました。
「その必要はないわ。令妃(れいひ)が写経しているところよ。瓔珞(えいらく)。」
皇太后は瓔珞(えいらく)を呼びました。
「皇太后様。今日写経しましたが悟りが浅すぎました。澄む観大師(ちょうかんだいし)の経典を熟読しませんと。」
瓔珞(えいらく)は経を差し出しました。
「あれは血なの?」
慶貴人はつぶやきました。
「あなたは血で写経したの?」
舒嬪(じょひん)は尋ねました。
「大智度論(だいちどろん)曰く実に法を愛するなら汝の皮を紙とし実の骨を筆とし血でしたためよ。それでこそ真心が宿る。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「以前見た写経は血が黒く変色していたけど令妃(れいひ)の文字はなぜあんなに赤いのかしら?」
慶貴人は言いました。
「高僧が血で写経するときも黒くなることはない。ゆえに令妃(れいひ)は素食をして生臭物を控えていたのよ。」
皇太后は言いました。
舒嬪(じょひん)は気に入りませんでした。
「でも八十巻ある華厳経を写経するのですか?」
慶貴人は尋ねました。
「華厳経は、写経にも数十年を要します。ですが仏に仕えることは一生ものです。長いとは思いません。」
瓔珞(えいらく)は答えました。
「でもその紙は普通の紙よ。皇太后様に差し上げるには粗末すぎない?」
舒嬪(じょひん)は言いました。
「舒嬪(じょひん)は紺紙を使っていますね。深い紺色に輝きが映える。もちろん普通の紙とはくらべものになりません。一枚二両するかと。その銀子があれば民は八十升の米と五十斤の魚を買えます。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「舒嬪(じょひん)。写経は心を養うものよ。贅沢は美徳ではないわ。これからはこのような紙を使うのはおやめなさい。」
皇太后は言いました。
「はい・・・。」
舒嬪(じょひん)は一瞬苛立ちましたが大人しく従いました。
「瓔珞(えいらく)は信心深いわね。明日私と一緒に華厳寺に行きましょう。」
皇太后は瓔珞(えいらく)を誘いました。
「皇太后様に感謝します。」
瓔珞(えいらく)と明玉(めいぎょく)は膝を折りました。
帰り道。
「おのれ魏瓔珞(ぎえいらく)め。陛下の寵愛に見切りを付けて皇太后様に取り入るとは。あなとも聞いたでしょ?明日皇太后と寺に行くですって?紺紙を使ったのに皇太后様に怒られたわ!」
舒嬪(じょひん)は慶貴人に言いました。
「皇太后様のご機嫌をとろうと他の妃嬪(ひひん)たちも写経をしますが血を使う者はいません。しかも十年以上かけて八十巻を写すのでしょう?皇太后様の手前もはや途中でやめることもできません。」
慶貴人は言いました。
「フン。血が枯れて死ねばいいわ。」
舒嬪(じょひん)は言いました。
「誰が死ねと?」
瓔珞(えいらく)と明玉(めいぎょく)が門のところで待っていました。
舒嬪(じょひん)は乱雑に瓔珞(えいらく)に挨拶をしました。
「舒嬪(じょひん)。今の言葉は私を呪っているのかしら?」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「令妃(れいひ)様。血で写経するのは大変なことです。長い月日を要するのでお体の心配をしたまでです。」
舒嬪(じょひん)は言いました。
「フン。」
瓔珞(えいらく)は舒嬪(じょひん)の頬を叩きました。
「虎も困窮すれば犬に虐げられる。でもどうかしら?本当に獰猛な虎なら犬ごときに虐げられることはない。舒嬪(じょひん)。紫禁城には厳しい掟がある。落ちぶれても私はあなたより位が上なの。また無礼を働けばこの程度では済まないわ。」
瓔珞(えいらく)と明玉(めいぎょく)は去りました。
「うわ~!早く起こして!なんて横暴なの!もう赦さない!」
舒嬪(じょひん)は叫ぶと付き人を追い払いました。
「これでも妃の位ですし、皇太后様にも気に入られています。納蘭(ナーラン)さんは逆らわないほうがいいわ。」
慶貴人は言いました。
「なら別の者に頼むまでよ。」
舒嬪(じょひん)は言いました。
寿康宮(じゅこうきゅう)。
「私が取り立てた呉書来(ごしょらい)を皇太后は取り替えた。皇后に強い野心があるわ。もし令妃(れいひ)がいなくなればこの紫禁城は皇后の天下になってしまう。」
皇太后は劉女官(りゅうにょかん)に言いました。
承乾宮。
舒嬪(じょひん)は泣きながら嫻皇后(かんこうごう)に令妃(れいひ)に叩かれたと訴えました。
「令妃(れいひ)にあなたを攻撃する理由があったの?あなたが先に侮辱したのでは?」
嫻皇后(かんこうごう)は尋ねました。
「・・・・皇后様。どうして令妃(れいひ)の味方をなさるのです?」
舒嬪(じょひん)は言いました。
「寵愛を失っても令妃(れいひ)は皇太后様のお気に入りよ。令妃(れいひ)を挑発する暇があるのなら騒ぎを起こさぬよう慎むべきね。陛下のお耳に入ればあなたが寵愛を笠に着たと思われるわ。そうなれば御来臨が途絶えるわよ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「皇后様のおっしゃる通り調子に乗り過ぎていました。騒ぎを起こさぬよう反省します。お赦しください。皇后様。」
舒嬪(じょひん)は謝りました。
「帰りなさい。」
嫻皇后(かんこうごう)は赦しました。
袁春望(えんしゅんぼう)が物陰からでてきました。
「令妃(れいひ)は虎の威を借る狐に過ぎませぬ。皇太后の威厳を使い舒嬪(じょひん)を脅して後宮を震え上がらせました。これは宣戦布告ではありませんか?延禧宮(えんききゅう)の主は寵愛を失っても決して屈しないと。皇太后様の寵愛があるから。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「皇太后は私と敵対するつもりね。呉書来(ごしょらい)が言っていた件は調べたの?」
嫻皇后(かんこうごう)は尋ねました。
袁春望(えんしゅんぼう)は内容を皇后に耳打ちしました。
嫻皇后(かんこうごう)は袁春望(えんしゅんぼう)の計略を気に入りました。
夜の延禧宮(えんききゅう)。
瓔珞(えいらく)は指先を刀で傷つけその血を墨としていました。
「威厳を示すためでなく私のためよね?なら私の血を使って。私が代わりになる。御薬房から血の固まらない薬を貰うわ。」
明玉(めいぎょく)は手を差し伸べました。
「それでは仏様に失礼よ。肩書を失った葉侍医に迷惑はかけられない。」
瓔珞(えいらく)は写経を続けました。
「なら書いて。固まらないように混ぜ続けるわ。」
明玉(めいぎょく)は言いました。
次の日の寿康宮(じゅこうきゅう)。
嫻皇后(かんこうごう)がやって来ました。
劉女官(りゅうにょかん)は皇太后は外出していると言い訪問を拒否しました。
「令妃(れいひ)は入ることができるのに?」
珍児(ちんじ)は抗議しました。
劉女官(りゅうにょかん)は仏を深く信じて皇太后様と語り合える者なら当然入れると答えました。
寿康宮(じゅこうきゅう)の門前。
和親王弘昼(こうちゅう)がやって来ました。弘昼(こうちゅう)は裕太妃(ゆうたいひ)を弔うために来る途中、皇太后に挨拶しようと思っていました。
嫻皇后(かんこうごう)は弘昼(こうちゅう)と少し話すと別れました。
寿安宮(じゅあんきゅう)の静安堂。
弘昼(こうちゅう)は女官から裕太妃(ゆうたいひ)の遺品を受け取りました。
弘昼(こうちゅう)は母の位牌と対面し、ゆかりの品を持って帰ることにしました。
すると、突然棚の扉が開き、中から手紙が出て来ました。
「母上が皇太后にずっと怯えていたとは。だかれこれを護身符にしていたのか。いや。ついに皇太后に引導を渡せる。」
弘昼(こうちゅう)は呟きました。
皇帝の部屋。
海蘭察(ハイランチャ)は李玉(りぎょく)とともに「礼部侍郎 銭正源(せんえせいげん)が献上した春暉図(しゅんきず)」を皇帝の机の上に披露しました。
乾隆帝は奏上がわりの絵に込められた意図を見抜きました。
銭正源(せんえせいげん)の母は夫の死後四十年家を守り抜き義母を見送り息子二人を育てる中、生活のために毎日機を織目を悪くしたのでした。
海蘭察(ハイランチャ)は今年八十歳になる銭正源(せんえせいげん)の母にこの図を贈りたいので陛下に一筆書いて欲しいと解釈しました。
乾隆帝は銭正源(せんえせいげん)の母の苦労を讃えることにしました。
和親王が部屋に入って来ました。海蘭察(ハイランチャ)は退室しました。
弘昼(こうちゅう)は母の部屋から「温淑夫人(おんしゅくふじん)が死ぬ直前に遺した手紙」が見つかったと言いました。
弘昼(こうちゅう)は皇帝の母に関することだと言いました
乾隆帝はどんなことがあっても母と己の情は変わらぬと断言しました。
「第四皇子の生母は嘉興(かこう)銭氏(せんし)。鈕祜禄(ニオフル)氏が殺して皇子を奪ったのです。」
乾隆帝は手紙を読みました。
養心殿。
乾隆帝は考えていました。
海蘭察(ハイランチャ)が皇室の系譜の調査結果を報告しました。
「明記されていました。陛下は康熙帝50年の辛卯(かのとう)八月十三日に今の皇太后様鈕祜禄(ニオフル)が雍和宮(ようわきゅう)で産んだと。」
「はぁ。皇室は三か月に一度生まれた子の誕生日と生母を報告するが、正式な系譜に記すのは十年に一度だ。」
「陛下。元の記録は残っているので改ざんは困難かと思います。」
「先帝の実録は調べたのか?」
「はい。系譜と内容が一致しています。礼部が先の皇太后様のご命令により側室年氏(ねんし)を貴妃(きひ)に、側室李氏(りし)を斉妃(さいひ)に、鈕祜禄(ニオフル)氏を熹妃に冊封しました。」
「記録ではこれ以上調べられぬ。温淑夫人(おんしゅくふじん)の文の真偽を知るのはただ一人だな。」
乾隆帝は寿康宮(じゅこうきゅう)に行きました。
「陛下!それはなりませぬ!」
海蘭察(ハイランチャ)は土下座して止めようとしました。
李玉(りぎょく)は震えました。
寿康宮(じゅこうきゅう)。
乾隆帝は母に会い人払いを命じました。
「温淑夫人(おんしゅくふじん)が亡くなる直前、朕に文を残しました。母上。お答えください。朕の生母はあなたですか?銭氏ですか?」
「弘暦(こうれき)!」
皇太后は声を荒げました。
瓔珞(えいらく)は別の部屋で経を手に持っていましたが、大きな声に驚きました。
「朕の生母が漢族なら、なぜ母上はずっと生母の座におられるのですか?」
乾隆帝は尋ねました。
「弘暦(こうれき)。おかしな噂を信じないで。皇室の系譜も捏造されたものだというの?」
「系譜も勅命も跡で書き換えられます。真相はわかりません。ゆえに朕が直接答えを求めるほかありません。皇太后よお応えください。温淑夫人(おんしゅくふじん)は朕の乳母。どんな人からは朕がよく知っているお答えくださらないなら朕が先帝に仕えた者を調べるまでです。後で釈明しても遅いです皇太后。」
「弘暦(こうれき)よ。そなたの生母は確かに嘉興の銭氏よ。」
「なぜずっと朕に教えてくれなかったのですか?」
「当時銭氏は雍正帝(ようせいてい)の奴婢の一人にすぎなかったわ。でも親王が病になり銭氏は一生懸命看病をして感激した親王は銭氏を側室にした。あなたの運勢がよすぎたの。五福を得て生まれながらに富貴、父親王をこのうえない座に押し上げる。それほど非凡な運命よ。卑しい銭氏に育てられると思うの?占いでは銭氏がそなたを育てると運が妨げられる。だから生まれてすぐに私のもとで息子として育てたのよ。」
「銭氏は?」
「そなたを産んで体調を崩し数年後に命が尽きて死んだわ。死ぬ間際に私の手をにぎり目を閉じようとはしなかった。」
感想
瓔珞(えいらく)56話の感想です。瓔珞(えいらく)が復讐を遂げられたのは嫻皇后(かんこうごう)のおかげでした。しかし瓔珞は嫻皇后にありがとうと謝意を示すことはなくむしろ敵意を示しています。瓔珞にとって嫻皇后が好きでも無い乾隆帝と義務的な夫婦関係を結ぼうともどうでもよいことでした。裏切り者の袁春望(えんしゅんぼう)も既に皇后の所有物ですから今更もとの関係に戻ることはありません。
袁春望(えんしゅんぼう)は呉書来(ごしょらい)を脅して乾隆帝の出征に関する秘密を聞き出しました。このことは皇后の知るところとなり、皇后は怪文書を寿安宮(じゅあんきゅう)の裕太妃(ゆうたいひ)の部屋にわざと隠したのです。
延禧宮(えんききゅう)はすっかり暇になり、瓔珞(えいらく)は珍珠(ちんじゅ)と小全子(しょうぜんし)に文字を教えてあげました。文字を学ぶということは道徳を学ぶこととほぼ同じことなので、この二人に分別が身に着くことが期待されます。
まだ若い海蘭察(ハイランチャ)ですが、やたらと世の無常を知っているところが粋ですね。20代と思われる海蘭察(ハイランチャ)。年頃から二十代と思われる明玉(めいぎょく)。書を読むことが貴族ですら難しかったあの時代に人情などを理解した行動を取れるのは人生経験が濃密でなければ無理かと思います。
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- 富察傅恒(ふちゃふこう)は清国乾隆帝の頃の軍人で皇太子を支えた皇帝の義弟
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