瓔珞(えいらく)58話 長すぎた骨休め
目次
あらすじ
乾隆帝は皇太后に謝罪しましたが皇太后は紫禁城を出て円明園に行きました。
「皇太后様。いつご回復されたのですか?」
瓔珞(えいらく)は円明園へ向かう馬車の中で皇太后に尋ねました。
「あなたはこう聞くべきじゃない?いつご病気になったのですかと。」
皇太后はすっかり倒れる前と同じ状態に戻っていました。
「令妃(れいひ)様。皇太后様が病にならなかったら皇后様が油断なさると思いますか?病だからこそ陛下の同情を引き出し敵の隙を突けたのです。」
劉女官(りゅうにょかん)は瓔珞(えいらく)に言いました。
「あなたはなぜ侍医を欺けたのですか?」
瓔珞(えいらく)は皇后に尋ねました。
「皇后は増長して張院判(ちょういんはん)を懐柔したわ。この劉女官(りゅうにょかん)が優れた医師であることも知らずにね。ふふふ。」
皇太后は嬉しそうに言いました。
「皇太后様。滅相もございません。針でごまかせるのは一時だけです。それで紫禁城を離れる必要がありました。」
劉女官(りゅうにょかん)は言いました。
「皇太后様が突然紫禁城をお離れになれば陛下は罪悪感に悩まされます。皇太后様。さすがですね。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「令妃(れいひ)。そなたは劉女官(りゅうにょかん)の僅かな言葉を手掛かりに陛下に昔話を聞かせてくれた。よくやったと思ったわ。だけどそれだけではダメなの。私が補ってあげないと。」
皇太后は言いました。
「令妃(れいひ)様。皇太后がなぜあなたを連れて紫禁城を出たかわかりますか?」
劉女官(りゅうにょかん)は尋ねました。
瓔珞(えいらく)は首を横に振りました。
「そなたはとても賢いけれど、やり方がまだ甘いわ。あなたが慶貴人を励まし話をさせたことはそなたと慶貴人に有利となった。そなたは復権を狙い陛下に自らの存在をちらつかせたのね。でもあなたは自分を高く評価し過ぎよ。そなたを陛下は容易にお赦しにならない。そなたを見るたびに陛下は不快な気持ちになるでしょう。だからこれからは、そなたが恋しくなるよう仕向けるの。会いたいのに会えないとね。」
皇太后は言いました。
「令妃(れいひ)様。すべては令妃(れいひ)様のためでございます。皇太后様にお礼を申してください。」
劉女官(りゅうにょかん)は言いました。
「私めは、感謝いたします皇太后様。」
瓔珞(えいらく)はしとやかに言いました。
「そなたは妃たちの中で最も可愛いわ。私も話し相手が欲しかったところなの。」
皇太后は言いました。
「皇太后様。もうひとつお尋ねしたいことがございます。」
瓔珞(えいらく)は尋ねました。
「そなたはどうして銭氏が亡くなったか訊きたいのでしょう?あなたはどう思う?ふっふっふっふっふ。」
皇太后は言いました。
承乾宮。
嫻皇后(かんこうごう)は袁春望(えんしゅんぼう)から皇帝が皇太后を追いかけたという報告を聞きました。
「皇太后が古狸だったとはね。銭氏の文は裕太妃(ゆうたいひ)が隠し和親王が見つけた。私は関わってないわ。」
皇后は言いました。
「令妃(れいひ)が去ってしまい残念でしたね。皇后様は悪を根絶しなければならないのに。後顧の憂いとなりましょう。」
袁春望(えんしゅんぼう)は皇后に茶を淹れました。
「令妃(れいひ)への憎しみはあなたのほうが強そうね。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「皇后様。あの者は私を裏切ったただの女官です。大切に思うほどの価値はございません。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「陛下は大勢の使用人を円明園に送るほど皇太后を気遣っているわ。このような時に手を出せば命取りになるかもしれない。それに今の皇后の地位は安泰だもの。令妃(れいひ)は皇太后という古狸の歓心は買えても陛下のご寵愛は戻ってこない。令妃(れいひ)が戻って来る頃には紫禁城はすっかり変わっているわ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
袁春望(えんしゅんぼう)は表情を変えませんでした。
養心殿。
李玉(りぎょく)は皇帝に手紙を渡しました。
乾隆帝は李玉(りぎょく)に読むよう命じました。
「陛下へ。こちらは何事もありません。心配ご無用です。酌中志(しゃくちゅうし)飲食好尚紀略に・・・。」
李玉(りぎょく)は読みました。
「飲食好尚紀略を皇太后に贈ったのか?」
「陛下。明末期の太監が記した書物です。不適切なところは削除しています。皇太后様に贈ったのは修正済みの酌中志です。飲食好尚紀略によると七月は新鮮な鰣魚(じぎょ)を食べよとあります。皇太后様は内務府に宴を開かせ女官たちの灯篭流しをご覧になりました。」
「はじめは皇太后の文体だが後から正体がバレておる。続けろ。」
乾隆帝は瓔珞(えいらく)が書いた手紙を見破りました。
「以上です。」
「それだけか?」
「それだけです。」
「不愉快ゆえ今後は文はいらぬ。」
乾隆帝は李玉(りぎょく)に命じました。
夜の円明園。
太監は葡萄を摘み取り、女官たちは蟹を使った豪華な食事を作っていました。
皇太后は瓔珞(えいらく)に肩たたきをしてもらっていました。
「陛下。葡萄は水と一緒に吊るせと酌中志にありますが、数日で腐りました。酌中志を真に受けるのは間違っています。皇太后様から団円餅(だんえんぺい)のおすそ分けでございます。陛下も家族団らんを愉しんでくださいませ。」
瓔珞(えいらく)は手紙をしたためました。
日中の養心殿。
乾隆帝は餅を受け取りました。
「手紙は?」
乾隆帝は李玉(りぎょく)に尋ねました。
「陛下。不要と申されたのでは。私めが読みます。」
李玉(りぎょく)は懐から手紙を出しました。
「貸せ。」
乾隆帝は手紙を読みました。
日中の円明園。
劉女官(りゅうにょかん)の指示により庭のテラスに菊の花が並べられました。
明玉(めいぎょく)は那須に銅銭を挟んでいました。
「明玉(めいぎょく)。何度言ったらわかるの?漬物を作るときは銅銭を重ねて挟まないと。鶏みたいな手をしているのに不器用ね。」
劉女官(りゅうにょかん)はかいがいしく明玉(めいぎょく)の世話を焼いていました。
「これでも菓子づくりでは好評なんですよ?」
明玉(めいぎょく)は言いました。
瓔珞(えいらく)は皇太后とともに軽食を楽しんでいました。
「陛下。重陽節(ちょうようせつ)といえば山に行くものですが、皇太后様は療養中なので今年は女官や太監たちに精進料理を作らせています。明玉(めいぎょく)は失敗ばかりして悔しがっています。」
瓔珞(えいらく)は手紙に書きました。
日中の養心殿。
乾隆帝は楽しそうな様子が手紙で伝えられると口元がほころびました。
繍坊。
「舒妃(じょひ)様が毛皮をご所望です。いくつか見繕いましたがお気に召さない様子です。まるで因縁をつけられているようです。」
劉管事(かんじ)は袁春望(えんしゅんぼう)総管に尋ねました。
「皇太后様は円明園で良い知らせを待っている。舒妃(じょひ)様の第十皇子様は夭折された。舒妃(じょひ)様は昇格なさったが心が晴れぬのだ。これからは避ければよい。それより皇后様もお産を控えておられる。しっかり準備するのだぞ。」
袁春望(えんしゅんぼう)は劉管事(かんじ)に言いました。
「はい。私めが抜かりなく行いますのでご安心ください。」
劉管事(かんじ)は言いました。
袁春望(えんしゅんぼう)は瓔珞(えいらく)に似た女官が気になりました。
劉管事(かんじ)は袁春望(えんしゅんぼう)が女官に魅入られたことを察知しました。
夜の袁春望(えんしゅんぼう)の部屋。
繍坊の美しい女官が部屋に呼ばれて待っていました。
扉が開いて袁春望(えんしゅんぼう)が部屋に入って来ました。
「誰がお前をここに来させた?」
袁春望(えんしゅんぼう)は尋ねました。
「私めは劉管事(かんじ)のご命令で参りました。」
女官は緊張した様子で答えました。
「見ると少しばかり似ておるようだ。立て!立て!立て!」
袁春望(えんしゅんぼう)は女官の頬を叩いて倒しました。
女官は悲鳴を上げました。
「叩け。叩け!叩け!叩かれたらやり返せばよいのだ。なぜできないのだ。愛だけでなく恨みも消え失せたのか!?」
袁春望(えんしゅんぼう)は女官の手首を掴んで怒鳴りました。
「袁総管。お赦しください。」
女官は泣いて土下座しました。
「そうだ。お前じゃない。お前は鶉(うずら)と同じだ。比べる価値もない。お前は劉管事(かんじ)に伝えろ。また勝手な真似をしたらただではおかぬと。行け。」
袁春望(えんしゅんぼう)は命じました。
日中の円明園。
瓔珞(えいらく)の部屋。
瓔珞(えいらく)は皇帝からの手紙を読みました。
「陛下はいつも同じ返事ね。適当過ぎない?毎月一通ずつ送り続けてこれで三十五通目よ。返事をいただいたのは十八通目。今日書く分も含めると三十六通目よ。皇太后様もそろそろ帰りなさいとおっしゃってるわ。いつまでここにいるの?瓔珞(えいらく)。何を考えているの?」
明玉(めいぎょく)は言いました。
瓔珞(えいらく)は皇帝への手紙を破りました。
「今日は送らないわ。」
瓔珞(えいらく)は答えました。
養心殿。
徳勝は李玉(りぎょく)に瓔珞(えいらく)からの手紙をまとめて渡しました。
「李総管。皇太后様は何がなさりたいのでしょう?陛下が何度円明園に行かれても長春仙館の門は固く閉ざされたままです。それなのに何があろうと毎月文が届きます。」
徳勝は言いました。
「皇太后様のお怒りは容易に収まらぬ。令妃(れいひ)様が手紙を代筆しているのだ。近況をお知らせになるために。陛下は令妃(れいひ)様を疎んじられているが実のところ手紙に助けられている。お前も見習え。」
李玉(りぎょく)は言いました。
「転ばないでくださいね。李総管。」
徳勝は言いました。
部屋。
「三年かかった。ようやくできた。李玉(りぎょく)。この絵を早馬で銭氏の遺族に届けよ。」
乾隆帝は命じました。
李玉(りぎょく)は瓔珞(えいらく)からの手紙を皇帝に差し出しました。
「安。」
手紙には一文字だけが書かれていました。
「李玉(りぎょく)。どういうことか調べろ。」
乾隆帝は李玉(りぎょく)に命じました。
日中の承乾宮。
部屋が以前よりも豪華になっていました。
嫻皇后(かんこうごう)は十三皇子をあやしていました。
袁春望(えんしゅんぼう)は皇太后からの贈り物が届いたと報告しました。
「永琪(えいき)が生まれた時にも皇太后は戻らず永璟(えいけい)の誕辰にも来ず、皇太后は円明園にずっと住むつもりかしら?」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「皇太后が戻らぬほうが好都合では?皇后様も害されません。皇后様はこの三年間でお二人も皇子をお産みになられて悠々とお過ごしになれました。」
珍児(ちんじ)は言いました。
「珍児(ちんじ)。慎みなさい。皇太后がいない間は内務府が目を光らせる。怠慢と言われぬように。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「御意。」
袁春望(えんしゅんぼう)は軽く頭を下げました。
養心殿。
李玉(りぎょく)は乾隆帝に皇太后は風邪になって寝込んだものの侍医の治療により歩けるまでに回復し「安」の文字の文は女官に代筆させたと報告しました。
乾隆帝は母のことが心配になりました。
海蘭察(ハイランチャ)が部屋に入って来て傅恒(ふこう)が霍蘭部(フォランぶ)の首領らを捕らえたと報告しました。
乾隆帝は直接凱旋を迎えると言って喜びました。
円明園。
「令妃(れいひ)。去年から皇宮に戻るよう言っているのにここにいるのはどうしてなの?」
皇太后は瓔珞(えいらく)に尋ねました。
「皇太后様のおそばにいたいからです。」
瓔珞(えいらく)は答えました。
「ふっふっふっふ。まったく。あなたははぐらかせてばかりね。ここでの暮らしが楽すぎるようだわ。自由を知った小鳥が籠に戻りたくないのと同じね。」
「皇太后様。何がおっしゃりたいのですか?」
瓔珞(えいらく)は3年前よりも妃としてのしとやかさを身に着けていました。
「はっはっは。そなたは五月になったというのに龍船競漕(りゅうしゅうきょうそう)の仁日を始めている。皇宮に帰らぬつもりね?」
「ここが好きなのです。春は花を摘み夏は蓮を摘み、秋は楓を、冬は雪を愛でることができます。皇太后様と寺院に参りときどき遠出ができます。私は一生皇太后様のおそばにいるつもりです。」
「はっはっはっは。瓔珞(えいらく)。人は努力を続けなければ退行してゆくものよ。今は私に守られているけどいつかは私はいなくなる。一人残されたらどうするの。陛下の妃ならばいつか皇宮に戻らねばならない。先延ばしにしていると本当に忘れられてしまうわよ。その時になったらもう返り咲くことはできないわよ。陛下が文を書かなくなってからどのくらい経つの?明玉(めいぎょく)。どうなの?」
皇太后は言いました。
「三月前に安という字の手紙を送らせましたがそれっきりでございます。」
明玉(めいぎょく)は答えました。
「瓔珞(えいらく)。ここで過ごしているうちに隠れた災いに気づかぬとは。よほど今の暮らしが楽しいのね。なぜ陛下が手紙を下さらないのかよく考えてみなさい。」
皇太后は言いました。
富察家。
「母上!母上!ただいま帰りました。」
富察傅恒(フチャふこう)が家に帰って来ました。
「傅恒(ふこう)。傅恒(ふこう)。やっと戻って来たのね。」
富察夫人は泣いて息子を抱き締めました。
「母上。父上の臨終に立ち会えず申し訳ございません。」
傅恒(ふこう)は謝りました。
「そなたが戦っていたのだから沙汰が途切れるのも無理はない。どうして責められましょうか。そなたが戦功を立ててくれたおかげで霊廟を立てる赦しが出たわ。祖先を祀りそなたの父も追尊されることになったわ。あの人もあの世でそなたを誇りに思っているでしょう。」
母は見えない目で息子を見つめました。
「母上。早く帰りたかったのですが仕事が残っており帰ることができませんでした。父の霊前に報告して来ます。」
傅恒(ふこう)は言いました。
「そうね。傅恒(ふこう)。私も行くわ。それから大勢の客人を招いて盛大に宴を開きましょう。慈悲深い皇后だけではないわ。富察家には本物の海東星(かいとうせい)がいるとはね。」
母は喜びました。
「母上。福康安(フカンガ)と傅謙(ふけん)は?」
傅恒(ふこう)は尋ねました。
「あの二人はヒタラ氏の位牌を取りに行っているわ。」
母の表情が暗くなりました。
円明園の瓔珞(えいらく)の部屋。
瓔珞(えいらく)は小全子(しょうぜんし)と胡桃を割っていました。
「何してるの?死にたくないの?宸筆(しんぴつ)をごみ入れにしているの?」
明玉(めいぎょく)は小全子(しょうぜんし)を叱りました。
「いいのよ。私の命令よ。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「それが反省している態度なの?」
明玉(めいぎょく)は言いました。
「三日も外出していないもの。皇太后様から出されたお題を解くから邪魔しないで。」
瓔珞(えいらく)は明玉(めいぎょく)に言いました。
「ちっとも反省していないわね。皇宮の遣いが来たわ。」
明玉(めいぎょく)は言いました。
円明園の庭。
海蘭察(ハイランチャ)がやって来て皇太后への端午節の贈り物を届けに来たと言いました。
瓔珞(えいらく)は皇太后は拝礼中なので今は会えないと答えました。
海蘭察(ハイランチャ)は傅恒(ふこう)を瓔珞(えいらく)に引き合わせました。
瓔珞(えいらく)と傅恒(ふこう)は二人きりになりました。
明玉(めいぎょく)は心配そうな様子で見守っていました。
「明玉(めいぎょく)。何してる。失礼だぞ。せっかく会いに来たのにあなたは他の人の心配ばかりして私には興味が無いのか?」
海蘭察(ハイランチャ)は名李玉(りぎょく)を連れて行きました。
瓔珞(えいらく)は明玉(めいぎょく)が自分を心配して盗み見ていることに気が付いていました。
「傅恒(ふこう)。爾青(じせい)は死んだわ。理由を訊かないの?あの者は万死に値する罪を犯したわ。私は後悔していない。謝らないから。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「分かってる。瓔珞(えいらく)。私が来たのはそのことではない。すぐに皇宮に戻れ。」
傅恒(ふこう)は言いました。
「どうして?」
「ある人が。」
「ある人?」
「そうだ。おなごだ。その者が現れたことですべての努力が無駄になるかもしれぬ。自分のためにも戻ったほうがよい。」
傅恒(ふこう)は言いました。
「傅恒(ふこう)。あなたは何を言ってるの?意味がわからないわ。」
「瓔珞(えいらく)。陛下が妃嬪(ひひん)たちに扁額を贈ったことは知っているな。古代の賢良な后妃の逸話を。絵師に描かせた宮訓図を。」
「覚えているわ。それと何の関係が?」
「美貌。忠誠。謙遜。正直。勇敢。あの人にはすべてに当てはまる。言い過ぎではない。そんなおなごが陛下のそばにいるのだ。瓔珞(えいらく)。いいのか?」
「完璧なおなごなどいないわ。」
「それはそなたの思い込みだ。」
「傅恒(ふこう)。あなたは陛下に頼まれて来たの?」
「魏瓔珞(ぎえいらく)。あなたは野心ある人だ。陛下の寵愛を独占すべきだ。あなたは既に陛下のお心を掴んで骨抜きにしている。だがこれからはそうはいかぬぞ。この三月陛下はそなたを忘れている。円明園での心地よい暮らしがそなたを鈍らせたのか、過度な自信がそうさせたのかはわからぬが、人の外に人あり、天の外に天ありという言葉を思い出せ。」
「その人の外や天の外にいるおなごは誰なの?」
「湖広総督(ここうそうとく)の娘で陛下が新しい名前をお与えになった。沈璧(ちんへき)だ。」
傅恒(ふこう)は言いました。
瓔珞(えいらく)の部屋。
「長煙一空(ちょうえんいっくう)。皓月千里(こうげつせんり)。浮光(ふこう)金を踊らし。静影、璧(ぎょく)を沈め。漁歌。互いに答えるはこの楽しみ何ぞ極まらん。岳陽楼(がくようろう)の記の一節ね。」
明玉(めいぎょく)は墨をおろしながら瓔珞(えいらく)の書いた文字を読みました。
「行くわよ。」
「どこへ?」
「皇太后様にお別れの挨拶へ。」
「帰るの?」
「今すぐ出立するわ。」
瓔珞(えいらく)は立ちあがりました。
夕刻の延禧宮(えんききゅう)。
女官と太監たちは部屋をきれいに拭いていました。
延禧門(えんきもん)。
庭で珍珠(ちんじゅ)と小全子(しょうぜんし)を筆頭に女官と太監が勢ぞろいしていました。
「私たちは令妃(れいひ)様のお戻りを歓迎いたします。」
使用人たちは笑顔で瓔珞(えいらく)を迎え土下座しました。
明玉(めいぎょく)は使用人を立たせると、準備が早い小全子(しょうぜんし)を褒めました。
「実は私めがここに戻る前から整えられておりました。内務府の手配です。」
小全子(しょうぜんし)は言いました。
明玉(めいぎょく)は皇帝陛下が瓔珞(えいらく)の帰りを待ちわびていたのだと思いました。
「どうですか?使用人の配置はお気に召しましたか?私めは令妃(れいひ)様にご挨拶します。」
袁春望(えんしゅんぼう)が現れました。
「袁総管。久しぶりね。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「令妃(れいひ)様。皇后様がお待ちです。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
承乾宮。
「あなたが帰ると聞いて準備していたの。気に入ってもらえた?必要なものがあればいつでも袁総管に言ってちょうだいね。」
嫻皇后(かんこうごう)は瓔珞(えいらく)に尋ねました。
嫻皇后(かんこうごう)は鳳凰の刺繍が施された青い絹の服を着ていました。
瓔珞(えいらく)は答えずに皇后を見つめました。
「なぜそんなに見つめるの?」
嫻皇后(かんこうごう)は瓔珞(えいらく)に尋ねました。
「皇后様は第十二皇子様と第十三皇子様をお産みになりました。今や後宮は皇后様の天下です。そんなお方を脅かす入内したてのおなごとは、いったいどのような者ですか?」
瓔珞(えいらく)は皇后に尋ねました。
「あの者に会えばあなたも私と同じように動揺するわ。いえ、恐れるはずよ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「極めてお美しいと聞きました。かの高皇貴妃(こうこうきひ)よりもですか?」
瓔珞(えいらく)は尋ねました。
「見た目の美しさだけなら見る目のある陛下は惑わされたりしないわ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「皇后様。その常貴人(じょうきじん)はどれほど美貌に秀でて陛下のご寵愛を受けていようと皇后様のお立場は揺るがないはずです。どうしてそこまでして私を取り込もうとなさるのですか?」
瓔珞(えいらく)は尋ねました。
「令妃(れいひ)様。常貴人(じょうきじん)は順嬪(じゅんひん)に昇格なさいました。」
珍児(ちんじ)は説明しました。
「ふっ。彼女の出身は名門よ。祖先は開国の功臣で康熙帝(こうきてい)の孝昭仁皇后(こうしょうじんこうごう)の大叔母よ。陛下から沈璧(ちんへき)という名を賜り以前のあなたより寵愛されているわ。だから力を合わせて対抗するの。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「皇后様のご厚意は有難いのですが、このたびはご遠慮いたします。」
瓔珞(えいらく)は帰ろうとしました。
「後宮に来たばかりの頃の順嬪(じゅんひん)は純粋だったわ。幼少時は庶民に育てられ野山を自由に駆け巡ったそうよ。そのようなおなごが入内してすぐに寵姫となった。魏瓔珞(ぎえいらく)。不安じゃないの。気にならぬのであればあなたは円明園にいたはずよ。この紫禁城にあるのは敵と味方ではなく利か害よ。力を合わせねば順嬪(じゅんひん)に太刀打ちできないわよ。そうでないならあなたは近々皇太后のもとへ帰ることになるわよ?よく考えなさい。私を失望させないでちょうだい。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
瓔珞(えいらく)は自信ありげな表情で去りました。
「皇后様。瓔珞(えいらく)は本当に手を組むでしょうか?」
珍児(ちんじ)は皇后に尋ねました。
「百聞は一見に如かずよ。順嬪(じゅんひん)を一目見れば私に従うわ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
通路。
瓔珞(えいらく)は立ち止まりました。
目の前の楼閣で乾隆帝が茶を飲んでいました。
「午後の茶の時間よ。」
瓔珞(えいらく)は明玉(めいぎょく)に言いました。
承乾宮。
瓔珞(えいらく)は嫻皇后(かんこうごう)に会いました。
「順嬪(じゅんひん)を見たの?あなたは聡明だから順嬪(じゅんひん)を見れば気持ちが変わると思っていたわ。あの女はかなりのやり手よ。関わった者をすべて懐柔してしまうの。陛下も女官も太監もね。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「それが、順嬪(じゅんひん)の魅力かも。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「令妃(れいひ)。忠告しておくけどあなたは惑わされないでね。」
「大丈夫です。」
「そう願うわ。」
「皇后様は何をなさるつもりですか?」
「あなたを昇格させるわ。」
「皇后様は私に順嬪(じゅんひん)の寵愛を奪えと?」
「魏瓔珞(ぎえいらく)。あなたにできそうかしら?」
「もちろんでございます。」
「わかったわ。共にがんばりましょう。」
夜の延禧宮(えんききゅう)。
「瓔珞(えいらく)。本当に皇后と手を組む気?最初は拒んでいたのに順嬪(じゅんひん)を見た途端どうして気が変わったの?順嬪(じゅんひん)はそんなに特別?」
明玉(めいぎょく)は瓔珞(えいらく)の肩を揉みながら尋ねました。
「この顔を見て。こんな顔。可愛くないわ。裏で何か企んでいる顔よ。」
瓔珞(えいらく)は自分の顔を見て言いました。
「そんなことないわよ。」
明玉(めいぎょく)は笑顔を作りました。
「事実を言ってるの。姉さんも言っていた。こんな賢そうな顔はいい面も悪い面もあるって。いい面はいじめられないこと。悪い面はずる賢く見えることよ。」
「順嬪(じゅんひん)と何が違うのよ。」
「順嬪(じゅんひん)の顔は私の理想の顔よ。純真で優しそうで親しみやすく愛おしくなりそうな。」
「だから皇后と手を組むの?」
「顔だけじゃないは振舞い方もよ。明玉(めいぎょく)。後宮で最も恐ろしいのはどんなおなごと思う?」
「皇后みたいな?あなたみたいな?わからないわ。」
「汚れを知らない無邪気なおなごよ。陛下のような殿方のお心を掴みやすい。私が順嬪(じゅんひん)のような顔だったらどうかしら?」
「確かに難なく陛下のご寵愛を受けるかも。」
「違うわ。あのような顔は悪さをしても見逃してもらえる。」
「そのようなことを考えてどうするのよ。瓔珞(えいらく)。あなたもしかして今ごろ気づいたの?陛下をお慕いしていると。」
「違うわよ。」
「ならどうして不機嫌なの?」
「それは負けたくないからよ。おなごの意地よ。」
「順嬪(じゅんひん)みたいな人が陛下のお好みならば、真似をしてみれば?」
「私は魏瓔珞(ぎえいらく)よ。どうして順嬪(じゅんひん)の真似なんか!」
瓔珞(えいらく)は怒りました。
「あらそう。だったら鏡を見て自分を慰めてなさい。」
明玉(めいぎょく)は言いました。
瓔珞(えいらく)はふてくされました。
日中の承乾宮。
乾隆帝は十三皇子をあやしていました。
嫻皇后(かんこうごう)は順嬪(じゅんひん)の教育係を近々麗景軒(れいけいけん)に送るという話を持ちかけました。
乾隆帝はまだその必要は無いと答えました。
嫻皇后(かんこうごう)は皇太后と会う時に掟を学ばせないと不都合があると言いました。
乾隆帝は令妃(れいひ)を教育係に決め、金色の犬(狛犬に似た犬)ぬいぐるみで皇子をあやしました。
「それは令妃(れいひ)がくれたものです。金塊や宝飾品ばかりの贈り物の中で唯一実用的でした。珍児(ちんじ)。令妃(れいひ)を侍医に診せてあげて。皇太后様に長くお仕えしたから睡眠や栄養が不足しているかも。しっかり養生させて。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
乾隆帝はその話が気になりましたが皇子をあやしている振りをしました。
乾隆帝は帰りました。
嫻皇后(かんこうごう)は皇子をあやしていました。
訓練場。
乾隆帝は片手で持てる銃を的に向けて撃ちました。
乾隆帝は皇后が瓔珞(えいらく)の体調を気にしていた様子を思い出しました。
乾隆帝は筒を掃除すると一発球を込めました。
「私めは陛下にご挨拶します。」
傅恒(ふこう)がやって来ました。
感想
瓔珞(えいらく)58話の感想です。またまた驚きの展開が!乾隆帝は瓔珞(えいらく)がいなくなるとあっちのおなごやこっちのおなごとやりたい放題!そして子どもまでたくさん作って後継者が豊富になりました!瓔珞(えいらく)は三年間を円明園で過ごし皇太后と親しくなりました。皇太后に気に入られることは後宮で行きていううえで何よりも大事!でも皇太后亡きあとのことを考えるといつまでも離宮で暮らしているわけにはいきません!
再び戦場に帰って来た瓔珞(えいらく)。
嫻皇后(かんこうごう)は二人の皇子を出産し嘉妃(かひ)も舒妃(じょひ)も皇子を産んで昇進!おなごは後継者を産んでこそ高く評価されるこの仕組み!早くに結婚しなきゃとても生存競争で不利ですよね。
だからどのような男のもとへでも嫁ぐ必要があった。
そして、雄を選べないしおなごは子を教育するほどの頭もないから人の心は汚れたまま世の中が悲惨なことに・・・現代へ。
瓔珞(えいらく)にとって幸せとは何なのでしょうか!?戦地に自ら出向いて戦い抜くことなのでしょうか!?
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