瓔珞(えいらく)64話 停戦協定
目次
あらすじ
順嬪(じゅんひん)鈕祜禄(ニオフル)氏の正体が明らかになりました。順嬪(じゅんひん)は傅恒(ふこう)と瓔珞(えいらく)そして乾隆帝に対し羨ましくて殺意を覚えると言って高笑いしました。順嬪(じゅんひん)は簪で乾隆帝を刺そうとしました。傅恒(ふこう)は乾隆帝の前に立ちふさがり簪を胸で受け取りました。順嬪(じゅんひん)は侍衛(しえい)たちに取り押さえられました。
「みんな死ねばいい!罪深い癖にどうして天はあなたたちを裁いてくれないの?」
順嬪(じゅんひん)は暴れました。
乾隆帝は順嬪(じゅんひん)を麗景軒へ閉じ込めるように命じました。
乾隆帝は瓔珞(えいらく)について来るよう命じました。
養心殿。
「申せ。いつ知った。」
乾隆帝は瓔珞(えいらく)に尋ねました。
「陛下こそいつからご存じでしたの?」
瓔珞(えいらく)は余裕のある微笑を浮かべて尋ねました。
「そなたが罠にかかった振りをしていたのは朕を焦らすためか?」
「陛下こそ順嬪(じゅんひん)を疑っておきながら知らぬふりをなさったのは私を試すおつもりですか?」
「朕を焦らす必要があるのか?」
「私を焦らす必要がありましたか?」
「魏瓔珞(ぎえいらく)そなたは順嬪(じゅんひん)を利用して朕の気持ちを確かめようとした。」
「陛下。あなたも順嬪(じゅんひん)を利用して私が傅恒(ふこう)と逃げるか確かめたのですか?」
「そなたは何を疑っておる!」
「陛下は海蘭察(ハイランチャ)に順嬪(じゅんひん)を調べさせ報告を受けていたはずです。でも企みを阻止せず傍観なさいました。妃嬪(ひひん)の不貞が疑われる時に帝王がすべきは捕らえて尋問することです。むやみに現場を押さえて噂が広まれば皇室の威厳が損なわれます。陛下がそれでも現場を押さえる選択をしたのは私を試していたからです。ですから私は期待に応えることにしました。先ほどは隠れて見ておりましたが陛下は明らかに動揺してました。確かめる勇気がなかったのですか?」
瓔珞(えいらく)が尋ねると乾隆帝は動揺を見せました。
「愚かなことを申すな。朕は怒っていたのだ。不貞を働く妃がいたことに。」
乾隆帝は瓔珞(えいらく)の腰を引き寄せました。
「本当ですか?」
「他に理由があるか?」
「陛下が順嬪(じゅんひん)を寵愛なさったのは私を嫉妬させるため。順嬪(じゅんひん)への褒美はどれも宝飾品でした。順嬪(じゅんひん)がそれを身に付け私を嫉妬させるつもりだったのでしょう。」
瓔珞(えいらく)は乾隆帝の首に腕を回しました。
「魏瓔珞(ぎえいらく)。お前は思い上がりも甚だしい。朕が順嬪(じゅんひん)を寵愛したのは鈕祜禄(ニオフル)氏を安心させるためだ。そなたとは関係ない。どうした?どうした?李玉(りぎょく)!李玉(りぎょく)。葉天士を呼べ。」
瓔珞(えいらく)が咳き込んだので乾隆帝は少し心配しました。
「陛下はちっとも動揺なさらないのですね。」
瓔珞(えいらく)は乾隆帝に抱き着きました。
徳勝が部屋に入って来て皇太后が令妃(れいひ)に会いたいという用件を報告しました。
「陛下。厄介なことになりました。」
瓔珞(えいらく)は乾隆帝の背中に隠れました。
寿康宮(じゅこうきゅう)。
瓔珞(えいらく)は皇太后に順嬪(じゅんひん)は和安公主の生まれ変わりでないことを説明して謝罪しました。
「魏瓔珞(ぎえいらく)お前はよくも!」
皇太后は怒りました。
瓔珞(えいらく)は罰を受けるが怒らないで欲しいと頼みました。
皇太后の怒りが収まらぬ時に乾隆帝が露わ荒れました。
「皇太后。魏瓔珞(ぎえいらく)は人助けをしたい一心で罰当たりな嘘をついたのです。どうか大目に見てやってください。この件は朕も知っておりました。」
乾隆帝は説明しました。
「二人して私を騙したのね!」
「いいえ。瓔珞(えいらく)は順嬪(じゅんひん)を守るために、朕は母上を喜ばせるつもりでした。」
「私としたことがこのような嘘にずっと騙していたとは。しかもそなたは私を喜ばせるためだと?おかしいわ。こんなおかしな話があるものか。弘暦(こうれき)よ。そなたの孝行子心は赦せる。だがこやつのことだけは赦せない!!!」
皇太后は瓔珞(えいらく)を憎みました。
瓔珞(えいらく)は謝っているうちに具合が悪くなり意識を失いました。
すぐに葉天士が駆け付け診察をしました。
「皇太后様と陛下にお喜び申し上げます。令妃(れいひ)様はご懐妊中です。」
葉天士は三月だと言いました。
乾隆帝は最後に瓔珞(えいらく)と夜を共にした時のことを思い出しました。
「ふざけるな。どうして黙っていたのだ。」
乾隆帝は瓔珞(えいらく)の頭を小突きました。
「体も弱く月経も不順なのに私でもわからないことをどうしてお知らせできましょうか。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
瓔珞(えいらく)が休んでいる部屋に皇太后も入って来ました。
「令妃(れいひ)。和安ではなかったのね。」
皇太后は言いました。
「皇太后様に申し上げます。公主は順嬪(じゅんひん)とは別で極楽往生なさいました。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「あなたはよく言ったわね。よく言ったわね。」
皇太后は部屋から出て行きました。
「陛下。皇太后様のお表情は怖かったです。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「朕が来なかったら殺されたいたな。」
乾隆帝は言いました。
「いいえ。陛下のお子を身籠る私を皇太后様は殺しません。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「そなたはいつ懐妊に気が付いた。」
「延禧宮(えんききゅう)に軟禁されていた時です。でも陛下。奴婢の仕打ちが酷くお腹の子ともども餓死するところでした。しかも陛下の勅命と言うのですよ?」
「奴婢どもめ。八つ裂きにしてやる。朕がいつ命じたのだ?」
「陛下が私を軟禁していた時です。」
「あの時はそうしなければ皇太后が殺していた。」
「陛下は私を心配なさっていたのですね。知りませんでした。」
「思い上がるな。朕が大事なのはそなたではなく腹の中の子だ。」
「陛下。この子が皇子ならいいのに。」
「なぜそう思う。」
「おなごなら将来出産というたいへんな任務が待っています。」
「瓔珞(えいらく)。そなたは大変だったな。」
「他がどうでも陛下のために私は死ぬ覚悟でした。でも陛下は・・・・。」
「朕がそなたを冷遇した理由はひとつだ。知りたかった。そなたの心に、朕がいるかを。」
「陛下。愛する人のためにおなごは子を産むのですよ。」
瓔珞(えいらく)は乾隆帝と抱き合いました。
承乾宮。
李玉(りぎょく)は嫻皇后(かんこうごう)のところに行き袁春望(えんしゅんぼう)を部下に捕らえさせました。
「李総管。何をなさるのですか?」
袁春望(えんしゅんぼう)はとぼけました。
「そちが令妃(れいひ)に何をしたか忘れたのか?」
李玉(りぎょく)は言いました。
「私は皇命に従ったまでです。李総管。どんな問題が?」
「令妃(れいひ)様のお食事を断っただろう。」
「李総管。令妃(れいひ)様は胃を患っていたので粥を差し上げたまでです。令妃(れいひ)様を思ってのことでございます。」
「胃の病だと?令妃(れいひ)様はご懐妊なされたのだ!」
李玉(りぎょく)は怒りました。
「そんな!絶対にあり得ぬ!令妃(れいひ)様は陛下に召されていなかったのだ。そのような機会があるものか!」
袁春望(えんしゅんぼう)は目を丸くしました。
「令妃(れいひ)様はご懐妊なされて三月で記録と一致する。関わった者は一人も逃すな。慎刑司(しんけいし)でゆっくり反省しろ。連れて行け!」
李玉(りぎょく)は命じました。
袁春望(えんしゅんぼう)は連行されました。
李玉(りぎょく)も去りました。
「令妃(れいひ)もやるわね。」
嫻皇后(かんこうごう)は感心しました。
麗景軒。
瓔珞(えいらく)が宮に行くと扉に板が打ち付けられていました。太監は麗景軒を封鎖すると説明しました。
「令妃(れいひ)様。同情してはなりません。私などは三十回も杖刑(じょうけい)に処されてしばらく寝たきりでした。悪質すぎます。」
珍珠(ちんじゅ)は言いました。
瓔珞(えいらく)は寝殿の中に入りました。
順嬪(じゅんひん)は髪を結わえもせずに鼻歌を歌っていました。
「精神が病んでいる振りをすることで命を守ったわね。」
瓔珞(えいらく)は順嬪(じゅんひん)に言いました。
「来たわね。何の用?」
順嬪(じゅんひん)は尋ねました。
「本日のことであなたの三人の兄は皆罪に問われたわ。斬首されたり流刑にされたりしてね。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
順嬪(じゅんひん)は両手で顔を覆いました。
「私の前で芝居をする必要はないわ。」
「アッハッハッハ!」
順嬪(じゅんひん)は笑いました。
「沈璧(ちんへき)。はじめは理解できなかった。なぜあなたが皆の前で陛下に襲い掛かったのか。あなたがそんなことをすれば一族を巻き込んでしまう。でもあなたは兄たちに罰を与えることが目的だった。」
「そうなの?」
「あらゆる手で私に対抗し自らも犠牲にするほどだった。とても正気とは思えない。どうしてなの?」
「愛必達(アイビダ)は兄の訥親(ナチン)が戦に負けて処刑され次は自分が危ないと思った。そこで陛下に美女を献上することを思いついた。そして私を贈ったのよ。」
「そのことなら知っているわ。」
「それだけじゃないわ。愛必達(アイビダ)は私を酔わせて馬車に乗せ言ったの。息子の無事を願うなら言うことに従えとね。私は仕方なく約束したわ。」
「脅されていたならなぜ策を弄したの!?」
「ここへ来る途中で侍女が教えてくれたの。母親を捜すために息子が逃げ出したと。それに気づいた愛必達(アイビダ)は追ってを遣わした。息子は動物の罠にかかって死んでしまったわ。私も後を追おうとしたらお節介な傅恒(ふこう)に助けられ私は紫禁城に届けられた。」
順嬪(じゅんひん)は涙をこぼしました。
「だから陛下に私と傅恒(ふこう)を殺させようとしたのね。妃と家臣に裏切られることは陛下にとって深刻な打撃になるわ。私を、そのために殺そうとした。」
「あなたは無実で立派な女と思わないで。」
「どういうところが?」
「明玉(めいぎょく)が死んで私を疑い始めたあなたは私を訪ねず養心殿に行ったわ。でも陛下は誤解してあなたに会わなかった。だからあなたは悪知恵を働かせて私にあなたを襲わせようとした。そしてあなたは軟禁された。私と皇后の手を借り自分を惨めな目に遭わせて私の本当の目的を探り出した。そして駆け落ちを陛下に疑わせた。陛下が真相を知れば罪悪感でいっぱいになる。すべて私がしてあげたことなのよ。あなたがどれほどけなげで可哀そうか。傅恒(ふこう)は自分の望みよりあなたの望みを叶えた。」
「それは違うわ。傅恒(ふこう)は私を理解しているの。妃嬪(ひひん)になったからには私はもう(傅恒を)振り返らないと。」
「魏瓔珞(ぎえいらく)。あなたには第三の切り札があったのね?」
「お腹の子よ。」
「アハハハ。魏瓔珞(ぎえいらく)。驚いたわ。」
「あなたとはもう話すことがないわ。お別れよ。夫の話は聞いてなかったわね。どこにいるの?」
「夫はいない。」
「夫がいなくて子を授かる?」
「美しい顔でいることが幸せとは限らないわ。所詮は翻弄された末に授かった子よ。夫なんていない。魏瓔珞(ぎえいらく)。あなたは二人の男に愛され幸せね。私は手を尽くしたけれど陛下のお心は動かず傅恒(ふこう)もあなたを守った。教えて頂戴。あの二人のどちらを愛しているの?」
「沈璧(ちんへき)。永遠に乱心してなさい。命だけは守れるわ。お元気で。」
瓔珞(えいらく)は去りました。
順嬪(じゅんひん)は鼻歌を歌いながら踊りました。
夜の慎刑司(しんけいし)。
袁春望(えんしゅんぼう)はさるぐつわを嵌められ杖刑(じょうけい)に処せられていました。
小全子(しょうぜんし)が袁春望(えんしゅんぼう)に話しかけました。
「袁総管。ご苦労でした。」
「こざかしい。お前はずっと騙していたのか。」
「主を裏切った私に令妃(れいひ)様はやり直す機会を与えてくださった。忠誠が揺らぐとでも?それに私のようなどうしようもないしもべは紫禁城に多くいる。のし上がるには一人の主に仕えるしかない。令妃(れいひ)様の態度でわかった。私をお前のものに送り込むと。」
「お前は、自慢しに来たのか?」
「よい知らせだ。杖刑(じょうけい)は二百回に免じてやる。令妃(れいひ)様のお情けで命だけは奪わない。令妃(れいひ)様からの言伝だ。お前への借りはこれですべて返したと。今日からお前と道が交わることはない。赤の他人だ。」
「ふざけるなーーー!」
袁春望(えんしゅんぼう)は叫びました。
日中の承乾宮。
珍児(ちんじ)が嫻皇后(かんこうごう)のご機嫌を取ろうとしていました。
「お前の(袁春望の)嘆願なら聞きたくないわ。」
嫻皇后(かんこうごう)は鸚鵡(オウム)の世話をしながら言いました。
珍児(ちんじ)は落胆しました。
「皇后様。袁総管が過ちを犯したのは皇后様を思ってのことです。」
珍児(ちんじ)は釈明しました。
「あの者は私を利用して私怨を晴らそうとしただけ。図々しいわ。」
皇后は言いました。
「皇后様。袁春望(えんしゅんぼう)はずる賢い奴婢ですが皇后様には必要な方です。どうかもう一度機会をお与えください。もう二度と正体を掴まれることはないかと。」
珍児(ちんじ)は土下座しました。
「役に立たない奴婢など必要ないわ。あなたもあんな男が気に入るとは。あなたが苦しむだけよ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「皇后様。長年お仕えしてきた私に免じてあの方をお赦しください。私は一生恩に着ます。」
珍児(ちんじ)は頼みました。
「立ちなさい。わかったわ。別の場所で跪かせて。」
嫻皇后(かんこうごう)は珍児(ちんじ)に命じました。
夜の延禧宮(えんききゅう)の前。
袁春望(えんしゅんぼう)が跪いていました。
瓔珞(えいらく)は小全子(しょうぜんし)にしっかり伝えたか尋ねました。
小全子(しょうぜんし)は一言一句たがわず袁春望(えんしゅんぼう)に伝えたと迷惑そうに言いました。
「このままでは皇后様の名節を汚すことになります。」
珍珠(ちんじゅ)は言いました。
「皇后は私を困らせたいのよ。無視なさい。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
次の日の延禧宮(えんききゅう)。
珍珠(ちんじゅ)は小全子(しょうぜんし)を呼んで養心殿に令妃(れいひ)の伝言を伝えるよう頼みました。
「今日蘇造肉を食べられなければ膳には絶対に箸をつけないと。」
「そんなこと言ったら私の首が飛ぶ!」
「大した首なの?令妃(れいひ)様が待ってるわよ。」
延禧宮(えんききゅう)の部屋。
嫻皇后(かんこうごう)が瓔珞(えいらく)に会いに来ました。
瓔珞(えいらく)は袁春望(えんしゅんぼう)の件か尋ねました。
嫻皇后(かんこうごう)はどうでもよい奴婢のことではなく皇子をみごもったからお祝いに来たと言いました。
「皇后様がお祝いなさるというのに私には祝いの品一つすら無いとは。舒妃(じょひ)は昨日も山積みの品をくれました。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「あなたに回りくどい社交辞令など不要だわ。この調度品を見て。香炉から紫檀の卓や椅子まですべて陛下のお好みのものだわ。陛下はとてもあなたのことを大切にしているようね。いくら大切に思っていてもあなたは卑しい包衣の出身よ。警告するわ。大清国の皇后の座はあなたがいくら寵愛を得ようと私の座は奪えない。」
「皇后様。私が小全子(しょうぜんし)に何と命じたかわかりますか?食べ残しの汁物を養心殿に届けて蘇造肉と替えて欲しいと。」
「厚かましいわね。」
「そうです。私が何を頼もうと聞き入れてくださいます。寵姫ですから。でも皇后になれば掟にしばられて何もできません。」
「あなたに皇后への野心は無いと?」
「皇后様が事を荒立てなければ野心も生まれません。」
「皇子の将来を考えないの?」
「陛下じゃなく後宮が皇子の将来を決められると?本音を申し上げます。魏瓔珞(ぎえいらく)は争えるほど力がみなぎっております。続きをやりたいのであればお付き合いします。でもお互いに相手を倒せなくては争っても無意味です。皇后様がお越しになったのも停戦するためでは?私から言わせてください。命を奪い合うよりはそれぞれの安泰を選びましょう。」
「あなたは理解が早いわね。」
「ひとつお願いがあります。約束してください。何があっても子に手を出さぬと。」
「あなたの子?他の者の子?」
「紫禁城の子です。」
「幼子を傷つけるものですか。私をみくびらないでください。」
「わかりました。皇后様がお約束をお守りになる限り、紫禁城は静かで天下も安泰です。後悔しないよう忘れないでくださいね。」
「約束するわ。」
承乾宮の門。
嫻皇后(かんこうごう)が出て来ました。
「袁春望(えんしゅんぼう)。あなたを助けなかった私を恨んでいる?」
嫻皇后(かんこうごう)は土下座している袁春望(えんしゅんぼう)に尋ねました。
「お答えします。袁春望(えんしゅんぼう)は大罪を犯しました。生かしていただけるだけでも格別のご厚情です。」
袁春望(えんしゅんぼう)はかすれた声で答えました。
「私のことを無情だと思っている?」
嫻皇后(かんこうごう)は尋ねました。
「皇后様。私は承乾宮の奴婢です。罪を犯したのに皇后様が厳しく罰しなければ示しがつきません。だから分かります。私をここに跪かせるのは令妃(れいひ)のためではなく紫禁城の皆への見せしめだと。」
袁春望(えんしゅんぼう)は答えました。
「戻るわよ。」
嫻皇后(かんこうごう)は袁春望(えんしゅんぼう)を赦しました。
「皇后様。令妃(れいひ)は?」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「今日からしばらく紫禁城は平穏でしょうね。」
嫻皇后(かんこうごう)は輿に乗って珍児(ちんじ)と共に帰りました。
袁春望(えんしゅんぼう)はうなだれました。
十年が経ちました。
城内の訓練所。
立派な青年となった第五皇子永琪(えいき)は矢を三十回射て三十回的に当てました。
第四皇子永珹(えいせい)は悔しくなり矢を叩きました。
「四兄上。物に当たるなと父上も申しておりました。あなたはもうお忘れになったのですか?」
第十二皇子永璂(えいき)は言いました。
「お前に説教される筋合いは無い。」
第四皇子は言いました。
「四兄上は先日狩りで右腕を負傷されたらしい。回復していないから焦らぬように。」
永琪(えいき)は言いました。
「フン。いつもならお前らには負けぬ。」
第四皇子永珹(えいせい)は言いました。
「先日、主事(しゅじ)の桂成(グイチョン)は陛下の前で弓を引いたが不注意で矢を折り減俸半年になりました。なぜだかわかりますか?九歳のときから武術をはじめた陛下は槍と弓の名手です。十一歳の時に避暑地で放った矢は百発百中。十二歳で先帝と一緒に木蘭囲場へ行った時は先々帝が射た熊が暴れ出し陛下が槍でとどめをお刺しになられた。思い出すと恐ろしくなります。陛下は毎年囲場に行き百官の腕を調べておいでです。清が馬上より天下を得たことをお忘れなきように。桂成は病で弓を引けずに罰を受けた。あなたたちも怪我をしても言い訳はならぬのです。」
傅恒(ふこう)は弓を拾って第四皇子永珹(えいせい)に渡しました。
皇子たちは傅恒(ふこう)に挨拶しました。
「はははは。よくわかりました。大人に感謝します。」
第四皇子永珹(えいせい)は言いました。
傅恒(ふこう)は第五皇子永琪(えいき)に銃について相談しました。
永琪(えいき)は緑営(りょくえい)のマスケット銃の銃口の作りが弱いので暴発するおそれがあると答えました。
「永琪(えいき)は文武両道だ。天文、塵、暦算では及ぶ者がいない。皇子の中で一番優秀だと父上も言っている。今更努力してどうなる。」
第四皇子永珹(えいせい)は弓を引いた十二皇子永璂(えいき)に言いました。
「母上(嫻皇后)は努力して補えるとおっしゃった。及ばぬなら奮闘するまでです。父上も見ています。」
永璂(えいき)は答えました。
承乾宮。
珍児(ちんじ)が嫻皇后(かんこうごう)の髪を漉いていると髪がたくさん抜けました。珍児(ちんじ)は隠そうと思いましたが皇后見せるように言いました。
「私は皇宮中で目を光らせていなければならない。だから老いも早いわね。先日令貴妃に皇后になりたいか聞いたわ。でも彼女は否定したわ。この十年、令貴妃は思うままに暮らしている。この間よく見たけど白髪が一本もなかったわ。私といえば目が赤くなっているのに令貴妃は目が黒々としていて肌も白く三十を過ぎても少女のようよ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「令貴妃(れいきひ)は好き勝手すぎます。皇太后様に嫌われていたのに自分の娘を育ててもらい皇太后様のご機嫌を取ったそうです。六年前は昇格した慶妃(けいひ)を取り込むため息子の第十五皇子を慶妃(けいひ)の養子にしました。私には理解できません。」
珍珠(ちんじゅ)は言いました。
「令貴妃(れいきひ)の口癖よ。私に味方する女など誰もいない。彼女は誰も愛していない。自分のことだけが愛おしいのよ。知っての通り皇子や皇女は乳母が世話をしているわ。誰が子を育てようと、それは表向きのことよ。第七皇女と第九皇女、第十五皇子は頻繁に生母のもとに通っている。延禧宮(えんききゅう)はにぎやかよ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「第十五皇子に悪影響では?第十二皇子は文武に打ち込み師匠も絶賛しています。」
珍児(ちんじ)は皇后の息子を褒めました。
「永琪(えいき)の素質と比べたら雲泥の差だわ。」
嫻皇后(かんこうごう)が言いました。
袁春望(えんしゅんぼう)が部屋に十二皇子を連れて来ました。
永璂(えいき)は母に挨拶しました。
袁春望(えんしゅんぼう)は永璂(えいき)が鍛錬中に手を負傷したと報告しました。
嫻皇后(かんこうごう)は息子の手を見ました。手には包帯が巻かれていました。
袁春望(えんしゅんぼう)は皇子が二刻も弓を練習していたのでひと月は弓を引けなくなったと説明しました。
感想
瓔珞(えいらく)64話の感想です。何と、順嬪(じゅんひん)の件はあっさり片付いてしまいました。そして主人公の瓔珞(えいらく)と乾隆帝の恋愛模様も「愛し合っているのか確かめ合っただけ」で終わってしまいました。順嬪(じゅんひん)が誰の子を産んだかどうかもあいまいで、結婚したのかどうかすらわからずじまい。ということは、順嬪(じゅんひん)は他の家に嫁いだのではなく適当なその日暮らしをしていたのかもしれませんね。遊牧民族なので家も定まっていなかったのかもしれません。
そして一気に物語の舞台は十年後になりました。
瓔珞(えいらく)は自分の子どもたちを皇太后と慶妃に任せ、悠々自適の暮らしを送っているようです。この時点での瓔珞(えいらく)の歳の頃はおおよそ36~37歳あたりではないかと思います。嫻皇后(かんこうごう)は40歳代でしょうかね。
史実では嫻皇后(かんこうごう)の一人息子、永璂(えいき)だけは生き残ることができたようで、他の皇子は夭折してしまいました。
実は、富察皇后(ふちゃこうごう)の一人の娘だけは生き延びていたようですよ!
瓔珞(えいらく)はこの時点で皇子を一人亡くしています。
取り入りたい権力者に我が子を預けることは、日本の歴史でも同じですね!
荒くれ者の第四皇子の親は一人目の嘉貴人(かきじん)、嫻皇后(かんこうごう)に殺されたお妃です。
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