瓔珞(えいらく)65話 口うるさい皇子
目次
あらすじ
嫻皇后(かんこうごう)は袁総管に第十二皇子の永璂(えいき)の躾に対して自分は厳しすぎるのか尋ねました。袁春望(えんしゅんぼう)は第四皇子は暴力的で第八皇子は酒好きで第十一皇子は欲深く彼らは皆陛下から冷遇され、第六皇子は親王の位を継ぐため皇帝にはなれず、皇帝の候補になるのは第五皇子と第十二皇子と第十五皇子だと言いました。
「皇后様。どうか早くご決断ください。」
袁春望(えんしゅんぼう)は他の皇子を殺すよう嫻皇后(かんこうごう)輝発那拉(ホイファナラ)氏を刺激しました。
「皇子は殺さないと瓔珞(えいらく)に誓ったわ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「あの時と状況が違います。最も重用されているのは第五皇子です。あの方が即位なされば皇后様は皇太后様に封じられるでしょう。でも第十二皇子はどうなるでしょうか。嫡子でありながら帝位を継げなかったら皇子様はそこにいるだけで老いるだけの鸚鵡(おうむ)と同じかと思います。ゆっくり、ゆっくり不幸の沼に沈みます。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「お黙りなさい。」
嫻皇后(かんこうごう)は怒りました。
「私めからの話はこれだけです。あとは皇后様がよくお考えください。」
袁総管は下がりました。
嫻皇后(かんこうごう)は鸚鵡をじっくり眺めました。
承乾宮の庭。
「皇后様に何を言ったの?」
珍児(ちんじ)は心配そうに袁春望(えんしゅんぼう)に尋ねました。
「事実を言ったまでだ。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「皇后様の不安になるような真似はやめてちょうだい。」
珍児(ちんじ)は言いました。
「皇后様は安穏な日々を送られ帝位争いの厳しさを忘れておられるのだ。第五皇子が即位すれば第十二皇子は邪魔になる。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「陛下はまだご健在で立太子はまだ先よ。」
珍児(ちんじ)は言いました。
「今の内に策を講じておけば必ず勝てる。こうしている間にも陛下が後継者を決めたらもう手遅れだ。もちろん誰が即位しても皇后様は皇太后に封じられる。だが覚えておけ。第十三皇子様が早世なさり頼みの綱は第十二皇子様だけだ。誇り高い皇后様の息子が第五皇子にひれ伏す姿など耐えられるはずがない。そうなれば皆の行く末も暗いものとなる。私たちの将来にも悪い影響が及ぶだろう。お前さんも、よく考えろ。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
延禧宮(えんききゅう)。
「第五皇子様がお越しです。既にいるといってしまいました。」
小全子(しょうぜんし)は困ったような様子で瓔珞(えいらく)に報告しました。
瓔珞(えいらく)は鞦韆(ブランコ)をこぎながら話を聞きました。
「バカね。中に通したら長々とお説教されるに決まってるじゃない。」
瓔珞(えいらく)は慌てて鞦韆(ブランコ)から降りると小全子(しょうぜんし)を叩いて身を隠す場所を探しました。
瓔珞(えいらく)は小全子(しょうぜんし)が庫房を整理するために持って来た箱の中に隠れました。
「いろいろ収納できる。あと十個貰おう!」
小全子(しょうぜんし)は珍珠(ちんじゅ)と芝居を打ちました。
第五皇子永琪(えいき)が現れました。
「令義母上は?」
永琪(えいき)は尋ねました。
小全子(しょうぜんし)は令貴妃(れいきひ)が頭痛になったので寝殿に行ったと答えました。
「令義母上は皇子の健康を気遣い食事に気を配っていた。なぜご自分のお体を大切にせぬのだ?風邪が長引いているので冷たい物は厳禁だ。三人も子を産んだのに勝手すぎる。見て見ろ。初夏になる前からこの宮では氷だらけだ。令義母上が食べたのだろ。また胃を痛めたら陛下に怒られるぞ!」
永琪(えいき)は冷菓子を見て小言を言い始めました。
「その通りです。私めは令貴妃(れいきひ)様のお体を冷やさぬようしっかりとお世話いたします。今日はお帰りになっては?」
珍珠(ちんじゅ)と小全子(しょうぜんし)は愛想笑いを浮かべました。
「母上から届いた手紙を読んでもらいたい。ここで待とう。」
永琪(えいき)は言いました。
しばらくして乾隆帝がやって来ました。
永琪(えいき)は令貴妃(れいきひ)が葡萄を半分たべて寝所に行ったと話しました。
乾隆帝は瓔珞(えいらく)が入った箱の上で碁の続きをしようと言いました。
乾隆帝と永琪(えいき)の大局が終わりました。
乾隆帝はもう一局したいと言いました。
瓔珞(えいらく)はたまらず箱から出て来ました。
乾隆帝は瓔珞(えいらく)にふざけた真似をしないように言いました。
瓔珞(えいらく)は自分が箱に入っていることを知って碁をした乾隆帝を非難しました。
「令義母上。わざと私を避けたのですか?」
永琪(えいき)は瓔珞(えいらく)に尋ねました。
「違うわよ。頻繁に来るから避けても無駄よ。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「そなたのためだろう?」
乾隆帝は言いました。
「わかっています。でも私もいい歳なので母親の説教はしたくありません。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「私を育ててくださった令妃(れいひ)様は実の母も同然です。第十五皇子の出産の際に亡くなりかけたところを昭華に泣きつかれました。その時心に決めたのです。令義母上の御健康は私が守ると。」
永琪(えいき)は言いました。
「健康にはちゃんと気を付けてるわよ。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「令義母上の胃はここ数年でますます悪くなる一方です。父上のご命令通りに羊肉の汁物を毎日召し上がってますか?昭華を産んだ時には体が冷えて頭痛を患いましたよね。それなのにどうして風の当たる場所にこしかけたのですか。ご健康であれば子を手放すことなく延禧宮(えんききゅう)で育てられたのに。父上。私は怒っています。怒りのあまり令義母上に無礼を働くかもしれないのでこれで失礼します。」
永琪(えいき)は言いました。
「永琪(えいき)。ちょっと隠れただけよ。」
瓔珞(えいらく)は言いましたが永琪(えいき)は去りました。
乾隆帝は楽しそうにしていました。
瓔珞(えいらく)は小言ばかり言われて辟易していました。
「朕はわかっている。この十年で二男二女に恵まれたが永璐(えいろ)は早世してした。あの夜そなたは夜通し永璐(えいろ)に付き添っていた。一月後に既に昭華がいる寿康宮(じゅこうきゅう)に昭瑜(しょうゆ)を送り永琰(えいえん)を慶妃(けいひ)に託した。皆は了見が狭くそなたが皇太后と慶妃(けいひ)と結託したと言う。だた朕にはわかる。そなたは皇太后を慰めるため昭華を皇太后に託したのだ。瓔珞(えいらく)。沈璧(ちんへき)のことがありそなたは皇太后に申し訳なく思っているのだろう。」
乾隆帝は言いました。
「陛下。昭華(しょうか)を利用して皇太后様との仲を埋めようとは思いません。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「うむ。そなたは体が弱いことを案じ子の後ろ盾を捜した。忠告しておくが瓔珞(えいらく)。不吉なことは考えるな。そなたは永琰(えいえん)の出産で体を傷めた。養生していれば必ず良くなる。朕のそばにいてくれ。いつまでも。溶音のように半ばで離れるなど決して許さぬ。」
乾隆帝は瓔珞(えいらく)の手を握って言いました。
「陛下がおっしゃいました。悪人ほど運が強いと。瓔珞(えいらく)は努めて長生きします。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
夜の承乾宮。
嫻皇后(かんこうごう)は汗をかきながら床で横になっていました。
珍児(ちんじ)は皇后の衣を替えているときに月の物が来たことに気が付きました。
嫻皇后(かんこうごう)は鸚鵡(おうむ)が死んでいるのを見て怯えました。
日中の通路。
袁春望(えんしゅんぼう)は和親王弘昼(こうちゅう)に挨拶しました。
弘昼(こうちゅう)は袁総管に「私がいる限り十二皇子を怠けさせぬ」と伝言を頼みました。
袁春望(えんしゅんぼう)は昨夜鸚鵡が死んんで皇后がふさぎ込んでいるのでもう一羽届けたいと言いました。
弘昼(こうちゅう)は鸚鵡を引き受けました。
「私めは陛下が和親王のようにお優しければ皇后様も落ち込まれなかったのにと思います。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「この十年。令貴妃(れいきひ)は次々と子を産んだ。陛下が令貴妃(れいきひ)に惑わされなければ皇后も疎まれなかっただろう。だが皇后の地位は揺ぎなく令貴妃(れいきひ)も及ばない。」
弘昼(こうちゅう)は言いました。
「和親王。皇后様は寵愛の競争に悩まれているのではなく・・・いいえ。あなた様は陛下が最も信頼する弟君です。陛下から何かお聞きになりましたか?」
「何をだ?」
「失言でした。皇后様がお待ちなので私はこれにて失礼します。」
袁春望(えんしゅんぼう)は去りました。
承乾宮。
張院判(ちょういんはん)は皇后を診察しました。
嫻皇后(かんこうごう)は月の巡りが乱れていました。
「心が落ち着かず一睡もできない。どうしてなの?」
嫻皇后(かんこうごう)は尋ねました。
「皇后様。以前申し上げた通りです。臓腑は感情の影響を受けます。皇后様は肝と脾の臓の調子がお悪いゆえ怒りっぽく不正に出血しました。ご安心ください。安老湯(あんろうとう)を処方しました。」
張院判(ちょういんはん)は説明しました。
「回復したら以前のように健康になるのかしら?」
嫻皇后(かんこうごう)は尋ねました。
「皇后様の症状の治療はできても根底にある病は除けません。恐れながら申し上げます。皇后様は後宮で最高の位に就いているのにどうして他の妃嬪(ひひん)と争われるのでしょうか。嫉妬は不安と恐怖を生みます。病になって当然です。」
張院判(ちょういんはん)は土下座して説明しました。
「私が嫉妬深いというの?」
嫻皇后(かんこうごう)は怒りました。
「皇后様!皇后様!そうではございません!」
張院判(ちょういんはん)は必死で言いました。
「帰りなさい!」
嫻皇后(かんこうごう)は吠えました。
「鏡を見て思っていたの。前とは何か違うとね。私はすっかり老けたでしょう?張院判(ちょういんはん)が嫉妬が不安と恐怖を生むと言ったわ。私は感情の起伏が激しくなりおかしくなったと噂されているのね?私はおかしくないわ。正気よ。他がおかしいのよ。珍児(ちんじ)。化粧をしてちょうだい。養心殿に行くわ。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
養心殿。
乾隆帝は絵を眺めていました。
「陛下。どうして同じ絵が二つあるのですか?」
瓔珞(えいらく)は尋ねました。
「これは黄公望の富春山居図(ふしゅさんきょず)だ。昨年入手したが傅恒(ふこう)が同じものを今年贈ってきたのだ。見て見ろ。どっちが本物だと思う?」
乾隆帝は言いました。
瓔珞(えいらく)は絵をじっくりと観察して傅恒(ふこう)には審美眼が無いのでそれが偽物だと言いました。傅恒(ふこう)は昨年千両で買った玉瓶(ぎょくへい)を瓔珞(えいらく)に贈りましたが琉璃廠(るりしょう)に流れた内務府作の品を唐代のものと信じていたのでした。
「傅恒(ふこう)のほうが正しそうだ。元代の画家は絵を描いた後に落款を押す。去年の物を見ろ。落款が絵の外側に押されている。おかしいとは思わぬか?」
乾隆帝は言いました。
瓔珞(えいらく)も後年の者が押したのだろうと思いました。しかし去年の作品のほうがたくましい筆遣いで立派でした。
乾隆帝は傅恒(ふこう)から貰った物も素晴らしいと思いました。
瓔珞(えいらく)は太監に絵を片付け本物は三希堂(さんきどう)にしまうよう命じました。
瓔珞(えいらく)は乾隆帝に眼鏡を作ってはどうかと言いました。
「朕は百歩先も見通せる。まだ老眼ではない。老眼といえば、皇后はここ数年で老けたようだ。気難しくなり朕と話せば口論になる。だが足が遠のくと怒るのだ。別人のようだ。」
乾隆帝は言いました。
「陛下はご健康です。精気にあふれている。まるで三十代半ばです。でもおなごは違います。ある年齢になると老いが見え始め情緒が不安定になるのです。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「魏瓔珞(ぎえいらく)。そなたも老けたぞ。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「陛下よりは十六歳も若いです。」
瓔珞(えいらく)が言うと、乾隆帝は瓔珞(えいらく)の頬をつねりました。
養心殿の外。
嫻皇后(かんこうごう)が部屋の外まで来ていました。皇后は部屋の中から聞こえる皇帝と令貴妃(れいきひ)の楽しそうな話声を聞いて傷つきました。
「避暑のことをお話したかったのだけどお忙しそうね。私は帰るわ。陛下に冷たい蓮の実の汁物を持って来たわ。飲み過ぎないように気を付けて。」
嫻皇后(かんこうごう)は李玉(りぎょく)に言いました。
養心殿の中。
瓔珞(えいらく)が帰り乾隆帝は一人で先ほどの絵をじっくりと見ていました。
李玉(りぎょく)が蓮の実の汁物を持って来ました。
乾隆帝は机の上に置くように命じました。
李玉(りぎょく)は傅恒(ふこう)の絵が偽物だという話をうっかり聞いていました。
「瓔珞(えいらく)は朕がこの絵に魅了され判を押すことを恐れて本物を偽物だと申したのだ。あいつの考えくらいお見通しだ。だから暴かなかった。」
乾隆帝は言いました。
道。
「令貴妃(れいきひ)様。わざと本物を偽物だと言ったのですか?」
珍珠(ちんじゅ)は瓔珞(えいらく)に尋ねました。
「そうよ。」
瓔珞(えいらく)は言いました。
「君主を欺いた罪で罰せられるのでは?」
「大丈夫よ。」
「どうしてですか?」
「傅恒(ふこう)が贈った品を本物だと認めたら今まで大切にしまっていた偽物に陛下は判を押しまくっていたわ。他の者にバレたら笑われるわよ。だから本物がどれか分かっていても陛下は私を責めないわ。」
承乾宮。
「目じりに皺はないし肌も昔と変わらない。美しさを保つためにあらゆる手を尽くして来たわ。でも体の老いは止められなくてすべての努力は意味がないというの?」
嫻皇后(かんこうごう)は鏡で見た自分の姿に腹を立てました。
「皇后様。おなごは誰でも老いるものです。寵愛が深い令貴妃(れいきひ)様とて同じです。」
珍児(ちんじ)は言いました。
「あの女の老けるの?令貴妃(れいきひ)は十歳も若いのよ?十年は補えないわ。令貴妃(れいきひ)は私を老けたとあざ笑っていたわ。他の妃嬪(ひひん)たちもよ。この威厳に満ちた皇后が老けたと皆は影で笑っているのよ。珍児(ちんじ)。正直に言って。私の顔はあと数年で青筋と皺だらけになり白髪になるの?肌の輝きも失せるわ。陛下も私をお見捨てになり奴婢にも侮られる。そうなのよね!?」
「そんなことありません皇后様!」
珍児(ちんじ)は泣ました。
「そうですよ。皇太后様も老けました。」
袁春望(えんしゅんぼう)が皇后をそそのかしにやって来ました。
「あなたは黙ってて!」
珍児(ちんじ)は言いました。
「皇太后様は七十の歳を超えても一切の不安を抱えておられません。なぜだと思いますか?夫ではなく息子を頼っておられるからです。皇后様と皇太后様はそこが違います。よくお考えください。」
「奴婢のくせに私に説教しないでちょうだい。」
「皇后様。かつではご果断により問題が絶えない後宮を守ってこられました。第十二皇子を支持する臣下たちが大勢います。富察家は名門で大勢の人材を輩出しましたが、富察皇后は軟弱でした。あなた様は正反対です。自分の力で輝発那拉(ホイファナラ)氏を再興させました!ものすごい意思の力です。富察容音(フチャようおん)はあなた様の足元にも及びません!でもあなた様はお変わりになられました。気弱で優柔不断になりました。」
「息子は殺さないと令貴妃(れいきひ)と約束したわ。」
「皇后様ともあろうお方が約束を真に受けてどうするのです。私めは正直に申します。皇后様がお気になさっているのは令貴妃(れいきひ)ではなく陛下です。あなた様は陛下を傷つけ失うことをおそれておいでです。皇后様。あなた様ほどお強いお方がなぜ巷のおなごと同じように感情に振り回されるのでしょうか。あなた様は勝利を掴めるのに苦しみに耐え続けることに意義はありません。」
「余計なことは言わないで。四十回の杖刑(じょうけい)に処するわ。」
嫻皇后(かんこうごう)は怒りました。
「では。」
袁春望(えんしゅんぼう)は下がりました。
「今の言葉を誰かに聞かれたら命とりよ。あなたのために殺さなかったのよ。」
嫻皇后(かんこうごう)は珍児(ちんじ)に言いました。
夜。
珍児(ちんじ)は背中が血だらけになった袁春望(えんしゅんぼう)に薬を塗ってあげました。
「なぜ自ら痛い目に遭おうとするの?」
「泣くな。皇后様が激怒なさったのは弱みがあるからだ。」
「皇后様は陛下一筋なのよ。老けたと言うなんてひどすぎるわ。なぜ弱みを刺激するのよ!?」
「そうでもしないと皇后様が真実にお目覚めにならないからだ。」
「何を言ってるの?」
「皇后様にはご自分のお立場を自覚してもらい陛下を見限ってなすべき事に気づいてもらいたい。」
「だけど皇后様は陛下をあきらめられないわ。」
「皇后様に無理なら私がやってやる。」
日中の皇宮。
袁春望(えんしゅんぼう)は弘昼(こうちゅう)に会いました。
「紫禁城であなた様だけが皇后様を気遣い皇后様のために働いてくださいます。あなた様の助けが無ければ皇后様の今後は厳しくなります。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「陛下に働きかけてみよう。皇后様とその皇子を厚遇するように。」
和親王弘昼(こうちゅう)は言いました。
「皇后様はそれを期待し続けて三十年になります。叶いましたでしょうか?厚遇は哀れみに過ぎません。皇后様は気位の高いお方です。他人の哀れみなど望みません。恐れながら申し上げます。陛下は当てになりません。皇后様と第十二皇子様を助けられるのは和親王様だけでございます。」
袁春望(えんしゅんぼう)は言いました。
「考えさせてくれ。」
和親王は言いました。
「お二方を助けることはあなた様のためにもなります。第五皇子は延禧宮(えんききゅう)と親しく傅恒(ふこう)とも手を組んでいます。お忘れですか?この十年、あなた様は傅恒(ふこう)と激しく争ってきました。皇帝に腹心は一人しかいりません。第五皇子が嫡子になれば富察家はますます栄えます。あなた様は隅に追いやられます。第五皇子はともかく陛下の信頼さえ勝ち得ていないのでは?」
袁春望(えんしゅんぼう)はささやきました。
皇帝と臣下が会する部屋。
乾隆帝の前で科挙の試験が行われていました。受験生は衝立に囲まれてそれぞれ答案に筆を走らせていました。
乾隆帝も試験を監督していました。
弘昼(こうちゅう)は試験監督ではない皇帝に休憩してはどうかと尋ねました。
乾隆帝はここにいたいと答えました。
「私が受験生を引き抜き徒党を組むと思っているからですか?」
弘昼(こうちゅう)は問題のある発言をしました。
受験生たちは一斉に顔を上げました。
李玉(りぎょく)も眉をひそめました。
乾隆帝は弘昼(こうちゅう)の発言を無視しました。
試験が終わり受験生が帰りました。
「お前はこの朝冠を望むのか?」
乾隆帝は弘昼(こうちゅう)に尋ねました。
「とんでもございません!」
弘昼(こうちゅう)は土下座しました。
「斬首に値するぞ。」
「陛下。気の迷いで妄言を申しました。どうかお許しください。」
「お前の前言は撤回できぬ。朕に恨みがあるようだが申せぬようだな。機会を与えてやる。言え。」
「陛下。私は陛下に恨みなどなくそのような度胸もございません。」
「立つがよい。」
乾隆帝は弘昼(こうちゅう)の襟を正して宮殿から出て行こうとしてまた戻りました。
「そちは機会を逃した。二度と口に出せぬ。」
乾隆帝は去りました。
乾隆帝は延禧宮(えんききゅう)に行きたいと言うと、李玉(りぎょく)が皇后様が軽食を用意していると言いました。
承乾宮。
乾隆帝がやって来ました。
「今日の皇后は顔色がいいな。いつもより元気そうだ。」
乾隆帝は椅子に腰かけました。
「陛下はお上手ですね。後宮の雑事で忙しく老けてしまいました。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「うまそうな物か?それは何だ?」
乾隆帝は皇后が食べていた物を見ると鼻を押さえました。
「狩りが好きな陛下ならご存じかと思います。」
嫻皇后(かんこうごう)は言いました。
「鹿胎(ろくたい)か?」
乾隆帝は眉をひそめました。
「鹿胎(ろくたい)と黒砂糖を煮詰めて作りました。精気を補う上等の滋養食です。私は後で延禧宮(えんききゅう)にも届けさせるつもりです。」
「やめておけ。瓔珞(えいらく)にはいらぬ。そなたは後宮の仕事に追われている。だが瓔珞(えいらく)は子どもたちと遊んでばかりだ。あの者には不要だ。」
「陛下。第七皇女と第九皇女はもうすぐ年頃です。数年後に私が婿を選びましょう。今は掟を学ばせなければ掟知らずの皇女として笑いものになるでしょう。第十五皇子はもうすぐ六歳です。午前は勉強し午後は乗馬などの訓練をしなければならないのに令貴妃(れいきひ)は息子を病と偽り遊ばせてばかりです。師匠が諫めても令貴妃(れいきひ)は聞きません。」
「フン。大げさでは?」
「陛下にとっては聞きたくないお話かもしれませんが、子の将来のために申します。皇女たちは嫁ぎ先に困らないでしょう。でも第十五皇子は獲物を追い回したり屋根の上に登り腕白以外にとり得がありません。あの子は三歳で経典を暗唱したのに今では遊んでばかり。才能を無駄にしているのでもったいないと思います。」
「朕もそう思う。瓔珞(えいらく)に言ってやろう。だが皇女の婚姻はまだ皇后が気にする必要はない。朕が自ら婿を選ぶ。普通の男では朕の寵愛に釣り合わぬ。」
「陛下が諭してくださるなら安心です。」
「用事を思い出した。また来る。」
乾隆帝は帰りました。
感想
瓔珞(えいらく)65話の感想です。愉妃(ゆひ)の子どもで第五皇子の永琪(えいき)はずいぶんと立派な青年になりましたね。皇子たちの中で最もすぐれて帝位に近いと噂されています。瓔珞(えいらく)もいつの間にかたくさん子どもを産んでお母さんになりました。それなのに瓔珞(えいらく)は子どもたちを皇太后と慶妃(けいひ)に預けてしまいました。一体どういうつもりなのでしょうね!?
袁春望(えんしゅんぼう)は穏やかに暮らしている嫻皇后(かんこうごう)にライバルの皇子たちを殺すよう働きかけます。いったい袁春望(えんしゅんぼう)は何がしたいのでしょうか!?彼が皇后に尽くすような忠誠心あふれる奴婢ではないことは既にわかっています。袁春望(えんしゅんぼう)は常に己の野心のために行動するのに、この十年間は・・・作者の都合で大人しくしていたのでしょう(笑)
嫻皇后(かんこうごう)は皇后の地位を固めるために日夜心を砕き、ストレスで体調が乱れて余計につらそうです。まるで更年期のはじまりのような演出でしたね。
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